守りたかったのはルールか、娘の世界か——子どもの友達関係に迷った日の話

人との関係の工夫

送迎ルール違反の現場で感じた違和感

ここは小学校近くのスーパー。
私の子どもが通う小学校では、車での送迎場所が決められています。
近隣の店舗や路肩での乗せおろしは厳禁。
これまでに何度も学校にクレームが寄せられていて、送迎時のルールとマナーに関する周知が何度も行われてきました。
それでもなくならないルール違反。
娘をお迎えに行ったその足で買い物にきた私は、そのルール違反の現場に居合わせてしまいました。

道路に面したお店の入口は、階段を登った先にあります。
とても目立つその場所で、荷物を置いて楽しそうに動き回る子ども達と、スマホに視線を落とす保護者らしき大人が2人。
ランドセルの口があき、中身が顔をのぞかせています。

私が車でそのお店に向かった時、ちょうどおばあちゃんが階段を登ろうとしていました。
さっと荷物をどける子ども達。
戸惑った様子で見上げるおばあちゃんの姿。

とっさに出た一言と、娘の表情

そんな時に車内に響いた娘の声。
同時に手をふろうとしています。
「手をふっちゃだめ」
とっさにでた私の一言に、娘は小さく
「えっ。でも、お友だちなのに。」とつぶやきました。

困ったような悲しいような表情をする娘。
しまったと思いつつ、私の心は
(同じ学校に通っていることを知られたくない)
(ルールを守らない人の仲間だと思われたくない)
(知らん顔で通り過ぎたい)
そんな気持ちでいっぱいでした。

「なんで手をふっちゃいけないの?」
おずおずと聞く娘。
「ルールを守らない人と仲が良いって思われたくないの。あそこにいる大人の目にうつりたくなかったの。」
なんと答えようかと悩みつつも、正直な気持ちを伝えた私。

ますます悲しそうな顔をする娘に、
私は「買い物いこう!!」とあえて明るい口調で声をかけました。

消えなかったモヤモヤと、娘の気持ち

車を降りると、そこにはさっきまで階段にいた子ども達と保護者が集まっていました。
そこへ、声をかける保護者が1人。
見ると、PTAとひと目で分かる服を着ています。
PTA活動をしている間、スーパーの駐車場でお友達の保護者に子どもを見ていてもらっていたようです。

(PTAだと誰がみてもわかる格好でルール違反をするなんて)
(ここで話をしたら、私もここにお迎えにきたと勘違いされるかも)
苛立ちと不安が一気に押し寄せた私。
娘の手をぎゅっとにぎり、足早に通り過ぎようとしました。

しかし、娘のお友達に「あ、娘ちゃんだ」と声をかけられてしまいました。
保護者は会話に夢中で、私には目もくれていません。
(このまま離れたい)
そんなことを考える私に手を引かれながら、無言で小さく手をふる娘。
その姿がやけに強く心に残ります。

買い物を終えた車内。
少し静かな様子の娘。
冷静さを取り戻した私は、
「大丈夫?さっきのこと気にしてる?」と問いかけます。
流れる景色を眺めながら、娘は静かに言いました。
「同じクラスの◯◯ちゃんだった。手を振りたかったけど、お母さんがダメって言ったからふれなかった。名前も呼んでくれたけど、何も言えなかった。」

その言葉を聞き、娘の行動を制限したことへの後悔が湧き上がってくるのを感じました。

ルールと価値観を伝えた私の本音

でも、私があの時に感じた憤りもまた事実。
私は娘に正直に言おうと決めました。
「お母さんはルールを破ることが好きではないんだ。学校にたくさん迷惑だって連絡がくるんだって。その度に、学校からお母さんたちに連絡がくるんだけど、それでも迷惑をかけていることが分からない、自分が良ければいいと思う人とは仲良くしたくないんだ。だから、あそこにいた大人に手を降る姿を見せたくなかったの。」
「うん」
私の話を静かに聞いていた娘は小さく返事をしました。

気づいた違和感——守るべきは何だったのか

娘の希望で公園にきた私ですが、なんだか心はモヤモヤしています。
楽しそうに遊ぶ娘。
私はふと、この子の人間関係をこじらせるような行動をしてしまったんだなと感じました。
私自身が周りの人からどう思われても構わない。
でも、娘の人間関係を悪くすることはしたくない。
ルールを破っているのは大人であって、子どもは関係ない。
お友達と娘の間には、全く関係のないことだった。

娘に謝った日、関係はどう変わったか

「ねぇ、娘ちゃん。」
ブランコに2人腰掛けて、私は娘に声をかけました。
「お母さんの嫌だと感じる気持ちは、あなたとお友達には関係ないものだったね。ごめんね。手をふるなと言ったことは気にしないで。今まで通りお友達と仲良くしてね。でもね、お母さんの気持も本当なんだ。ルールを守れない人とは距離を取りたいし、そんな場面で会っちゃった時には、挨拶もあまりしたくないの。これはお母さんの気持と考えで、あなたには関係なかったね。お母さんと同じ行動をさせようとしたことは間違いだった。ごめんね。」

話を聞きながらブランコを漕ぎ出した娘。
悲しそうな困ったような表情が、徐々にいつもの穏やかな表情に変わっていきます。

話し終えた私に、
「わかった!遊んでくるね!」
と笑顔いっぱいに言う娘。

晴れやかな表情をしている娘とは対照的に、
(伝わったかな)
(娘とお友達がギクシャクしたらどうしよう)
不安で仕方ない私は、最後に声をかけました。
「お友だちといつも通りにできそう?なにか困ったらお母さんに言ってね!」
「うん!」
明るい大きな声が公園に響きました。

家に帰ってからの娘は、ニコニコ笑顔で抱きついてきたり、いつもはやらないお手伝いを自分からやってくれたり。
心が軽くなった様子を見せる娘に安心しました。

親の価値観と、子どもの世界は同じじゃない

自分の不安や価値観で娘の行動を制限したあの日。

「ルールは守るべきだ」という自分の価値観と、娘の人間関係を重ねてしまっていたことに気づきました。

どちらも大切にしたい気持ちは、本当だったと思います。
でも、それをどう守るのかは、また別の話なのかもしれません。

同じようなことが起こった時、私はきっとまた迷うと思います。
それでも、親の価値観と子どもの世界は同じではないということだけは、忘れずにいたいと思います。

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