合わない人がいてもいいと思えた日 ― 自分を責めずに生きるということ

人との関係の工夫

誰とでも仲良くしたいと思っていた私。
けれど、どんなに気をつかっても、うまくいかない関係もある。
そんな時、「ちょうどいい距離をとること」も優しさのひとつだと感じました。

思いがけない再会が、あの日を呼び戻した

「あ!A君だ!!」
公園で偶然、幼稚園のお友達に会った息子。
子ども達はお互いに嬉しそうに、駆け寄っていきます。

「こんにちは」
と明るく声をかける私に対し、
「……こんにちは」
と、そっけない様子のA君のママ。

「あ、会いたくなかったんだろうな」と感じました。

その瞬間、記憶のすみに押しやっていた、A君ママの一言を思い出してしまいます。

胸に残っていた、小さなひと言

それは以前、同じ幼稚園のB君と待ち合わせをしていたA君に会ったときのことでした。
息子もA君もB君も、偶然会えたことに大喜び。
しばらく一緒に遊ぶことになりました。

A君ママともB君ママとも、面識はあるけれど、しっかり話したことのない間柄。
公園での会話も、「どこの小学校に行くの?」といった当たり障りのないものでした。

「そろそろ帰るよ」
お昼が近いことと、邪魔をしたら悪いなという気持ちから、私は早々に息子に声をかけます。

「えぇー!まだ帰らない!」と叫ぶ子どもの声に混ざって、
「あぁ、良かった」
とA君ママの小さな声が聞こえてしまいました。

聞き間違いであってほしい……。
そう願う気持ちも虚しく、状況から見て、A君ママの完全な独り言であるのは間違いありませんでした。

「え?何かしたかな……?」
思ってもいなかった言葉に驚き、嫌がる息子をなんとか連れて帰りました。

A君ママと再び会ってしまったことで、当時のことが頭の中を足早にかけていきます。

適度な距離感でお付き合いをしよう」
そう決意するのに、時間はかかりませんでした。

「嫌われたくない」と思っていたあの頃の私

以前の私なら、「嫌われたくない」「よく思われたい」――そんな気持ちが強かったように思います。
ちょっとそっけなくされたり、相手の反応が薄かっただけで、
「何か不快な思いをさせてしまったかも……」
と不安になっていました。

関係をよくしようと話しかけたり、頭の中で何度も会話を思い出したり……。
苦手だと感じる相手とまで無理に関わろうとしてしまい、自分を責める考え方や行動をとることもありました。

「合わない」ことを、悪いことだとは思わなくなった

でも、今の私は違います。

人には相性があって、どうしても合わない人もいる。
合わないと感じることは、悪いことでも冷たいことでもない。

そういう人とは、無理して距離を縮めるよりも、「普通の関係」を保つ方がいいこともある。
お互いが心地よくいられるちょうどいい距離を守ることも、人付き合いのスキルの一つだと思うようになりました。

ちょうどいい距離が、心を穏やかにする

A君は息子と同じクラス。
「もしかしたら、子どもの関係に影響が出るかな……」
と心配になる気持ちもありました。

でも、子どは子ども、私は私の心地よさを大切にしたい。

適度な距離をとることを決めてからは、A君ママとは会話をせずに過ごしました。
無理に話すわけでもなく、避けているわけでもない距離。

人付き合いに不安を感じることが多い分、普段から言動には気をつけている私。
「それでダメならもう仕方ない!」
「最初からマイナスの印象を持たれてたのかも」
そんなふうに考え、その場を過ごしました。

こんなことが数回ありましたが、その後、幼稚園で会っても挨拶を軽くする程度。
トラブルも起きておらず、平和な毎日を過ごせています。

相手の心が見えないからこそ悩む人間関係。
今まで、その答えのない悩みにすぐに飲み込まれ、自分を追い込んでいました。

距離をとることで見えてきた、私らしい優しさ

無理にいい人でいようとしなくても、人間関係はちゃんと築ける。
自分も相手も大切にする関わり方を、ようやく見つけられたような気がします。

距離をとることで、ようやく見えてきた心の余裕。
人間関係に正解はないけれど、これからも私らしい距離感を大切にしていきたいです。

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