言葉を尽くしても伝わらないなら、
もう、何も言わないほうがいい——そう思った。
誤解、噂、陰口。
誰かの言葉で傷つきながら、
私もまた、誰かを言葉で傷つけていたのかもしれない。
これは、私が沈黙を選んだ日。
そして、沈黙の中で自分を見つけ始めた日の話。
チクチク刺さる職場の朝
「時間だ。」
チクチク刺さる針だらけの職場に、今日も出勤します。
「今日は何を言ってるのかなぁ。」
職場に向かう車の中。
私は、働く前からもう疲れていました。
周りが何を話しているのか。
私に何を話してくるのか。
既に出勤しているSさんの様子が、どうしても気になってしまいます。
ため息と共にエンジンを切り、深呼吸。気合を入れ直しました。
「おはようございます」で決まる一日の空気
「おはようございます」
努めて明るく笑顔で言う挨拶に、みんながどんなトーンで返してくるのか。
それで、その日1日の雰囲気がわかります。
目が合わなければ私の悪口。
顔を上げて笑っていれば、私以外の悪口。
どちらにせよ良い雰囲気ではありません。
それでも、ここで空気を読むことは、私の立ち居振る舞いに関わること。
とても重要なのです。
さて、2連休だった私。
タイムカードを打刻して、Sさんを探します。
探しに行かないといけない——一番胃が痛いパターンです。
それでも、ちゃんと挨拶に行かないと、何を言われるかわかりません。
SさんはMさんと話をしていました。
「やっぱり……」と思いつつ近づきます。
私に気づくと、二人はぱっと離れて、Sさんのひと言。
「休憩に行ってきます〜」
Mさんは「はぁ〜い」と伏し目がちに、いつもより大きな声で答えます。
そこに「おはようございます」と私の声。
「あ、おはようございます」
居ることに気づかなかった、とでも言うような挨拶。
合わない視線。
最悪な1日——いいえ、5連勤の始まりです。
噂の始まり——すり減っていく日々
Sさんは、周囲に私のことを悪く伝えながら、私にも人の悪口を伝えてきました。
「気が強い」
「間違いを認めない」
「仕事が遅い」
「人のせいにする」
Sさんと2人きりの閉店作業中に聞かされる、みんなの言葉。
誰が何を考えているのか、本心はなんなのか。
伝言ゲームを始めたSさんでさえ、もう真実が何かわからなくなっています。
自分が言った言葉を忘れ、辻褄が合っていなくても続いていく噂話。
いつの間にか、出勤して真っ先にやることは、「誤解を解いて歩くこと」になっていました。
「そういう意味ではないんです」
「こういう指示があったんです」
心当たりもない、なんのことか分からない——それでも「すみません」と言って歩く。
自分が悪くないのに謝る。
状況を悪くしないためには、それが必要なことでした。
しかし、それ以上に辛かったことがあります。
それは、誤解を解いていく中で、第三者の名前が出てしまうこと。
人と一緒に仕事をしている以上、避けて通れません。
それが新たな誤解と、敵を生むことになりました。
「あなたじゃなかったんだね」
「悪いのはあの人?」
「この話をしてた時、何も言わなかったよ」
ただ、事実としてあったことを言っているだけ。
責任を押し付けたいわけでも、関係ないふりをしたいわけでもない。
それでも、聞き手が犯人探しをしている以上、何を言っても伝えたいことの半分も伝わりません。
「私が〇〇さんの名前を出した」
その事実だけが歩き出し、再び新しい噂話を作るのです。
弁解をやめた日
ただただ自分をすり減らす日々を過ごしていた時。
「私はここに仕事をしに来ているのに……」
そんな言葉が頭の中をよぎりました。
疲れ切って、何もかもが馬鹿らしく感じられるようになっていた私。
すーっと冷えるように、頭も心も冷静になっていきました。
もう、弁解はやめよう。
Sさんに何を言われても、
「教えてくれてありがとうございます。でも、何を言われても大丈夫ですよ。」
「そうなんですね。もしかしたら、どこかで行き違っちゃったのかもしれないですね。」
——誰に何を言われても、私は誰にも話さない。
見えてきた人間模様
沈黙することで、見えてきたことがあります。
それは、みんなにはそれぞれの立場があり、自分を守ることに必死でいるということ。
- ターゲットにされたくない人
- 私が悪いと決めつけてくる人
- 何も言わない人
- 流れに合わせて立ち回る人
- 私を理解してくれる人
いろんな立場の人がいて、いろんな考え方の人がいる。
距離の中に見つけた「楽さ」
様子の変わった私を見て、Sさん派の人たちは、私を無視するようになりました。
そんな私に、「がんばってね」——そっと声をかけてくれる人もいました。
何かあったら崩れそうな空気。
それでも、距離のとれた関係に、私は楽になったと感じていました。
言葉がつくる「知らない私」
ここには、私の知らない私がいる。
私も含め、誰もが自分を守るために言葉を使っています。
その言葉から語られる噂話には、事実とは違うなにかが含まれているのかもしれません。
語り手の感情や価値観、思い込み。
そしてそれらは、語り手が増えれば増えるほど、複雑に絡み合っていく。
「知らない私」が人の中に存在し続ける限り、本当の私は消えていく。
いくら叫んでも、腕を掴んでも届かない。
あの時の私は、そんな語り手の一人でした。
自分で誰かの影を作っては、誰かが作った私の影を消そうとする。
「こんな人生でいいのかな……?」
私がやりたいことはなんだろう。
私の好きなことはなんだろう。
私に、人を幸せにする力はあるのかな?
傷ついても、言葉と生きていく
傷つくことも、迷うことも、きっと無駄じゃない。
それでも誰かに優しくできたら、その一歩が私の始まりになる。
小さく息を吸って、前を向いた。
言葉に傷ついた日もあった。
それでも、言葉に救われた瞬間もあった。
わたしもまだ途中だけど、いっしょに言葉と向き合ってみませんか。


コメント