人は、いつも通りにできない日があります。
それは、家族であっても同じです。
けれど一番近い存在だからこそ、
その不機嫌に、心がざわついてしまうことがあります。
あの朝の出来事は、
私が「どう向き合うか」を選び直した、ひとつの転機でした。
いつもと違う朝に感じた違和感
「おはよう」
いつもの私のあいさつに、少し間をおいた夫の「……おはよう」で始まった朝。
私は、あれ?と思いました。
様子がおかしいな。
なんだか機嫌が悪い?
心に引っかかるものを感じながら、私は静かに様子を観察することにしました。
いつも通りに子どもの身支度を手伝ってくれる夫。
しかし、夫には笑顔がなく、ぐずる息子への対応は一切なし。
いつもなら冗談交じりに、息子のグズグズの原因を教えてくれるのに、この日はなんの会話もないまま、家を出る時間になってしまいました。
我が家では、朝の出発のあいさつを必ずします。
娘はお父さんに抱っこをしてもらい、息子は関心のないふりをしながら「いってらっしゃい」と、ひょこっと顔をのぞかせて声をかけます。
私は玄関先まで見送りに行き、「気をつけていってらっしゃい」と手を振ります。
この日は、家族が同じ時間に家を出ることができました。
そんな時も変わらないあいさつをするのですが、どんどん先に行ってしまう夫。
私にも子どもたちにも「いってらっしゃい」を言わないまま、夫の背中は小さくなっていきました。
いつもお父さんにあいさつすることを大事にしている娘。
「今日はお父さんに、いってらっしゃいをしてない!!」と、悲しそうでした。
私はそんな娘に、
「お父さん、時間がないみたい。さぁ、私たちも行こう!!」
と、明るく声をかけます。
不機嫌の理由を探してしまう私
子どもたちを送り、家に帰ってきた私。
脱ぎ散らかされた服、拭かれていないテーブル、洗い物が積まれたシンク。
一つひとつ片づけながら、今朝の夫を思い浮かべます。
「なんなの?」
「なにも言わずに、不機嫌を態度に出して」
「子どもたちにも、それをぶつけるなんて」
「LINEで聞いたほうがいいかな」
「帰ってきた夫に、どんな顔をしよう。無視? いつも通り?」
家の中が落ち着きを取り戻す中、私の心のモヤモヤは膨らんでいきました。
「さて、夕飯を作っちゃうか」
独り言をつぶやき、冷蔵庫をあけます。
夫にはこれ、子どもたちにはこれ、と家族のことを考えながらの夕飯作りです。
作りながら考えるのは、やはり今朝の夫のこと。
夫は一泊二日の出張に行き、前日の夜に帰ってきました。
寒い中、夜遅くまで仕事をしていて、よほど疲れていたのかもしれません。
そこでふと、以前にも同じようなことがあったのを思い出しました。
なぜ不機嫌だったのか。
なぜ、その気持ちを家族にぶつけたのか。
「仕事で疲れていた」と言う夫を許すことができず、口論になったあの日。
疲れた表情をした夫の姿が、頭に浮かびます。
あえて踏み込まないと決めた夜
どう対応するか結論が出ないまま、夫の帰宅時間になりました。
すでに子どもたちは寝ています。
いつもと変わらない様子で「ただいま」と言う夫に、私は「おかえり」と、いつも通りに返しました。
いつも通りに会話をし、夫が食事をしている間、一緒にテレビを観て過ごしました。
今までの私なら、考えられない変化です。
夫はこの日、確かに不機嫌ではありました。
けれど、怒り狂ったり、理不尽な怒りをぶつけてきたわけではありません。
だったら、このまま穏やかに終える一日もありだろう。
そう思えたのです。
「何もしない」を選んだ一日の終わりに
穏やかに食事をし、私に話しかけてくる夫を見て、これで良かったんだと思いました。
あの時の不機嫌の原因を、突き詰めることも、問題にすることもできました。
でも、あえて「やらない」と決めた。
人間、誰しもいつも通りにできない時もあるよね。
そうやって、自分で自分の納得できる答えを見つけ、行動を選択できたこと。
この出来事は、私にとってとても大きな出来事でした。
自分が納得できる行動を選ぶということ
家族の不機嫌に振り回されてしまう日もあります。
一番近い存在なだけに、私は白黒つけようと、やっきになってしまうことがあります。
嫌な気持ちにされた時間を、返してほしいと思ってしまうこともあります。
そんな日々を繰り返す中で、
「自分が納得できる行動を選択できた」
このことは、家族を大切に想う気持ちを、あらためて思い出させてくれました。

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